全部で50問 挑戦中

章なし

問題

政治家三島通庸に関する次の文章を読み、下の問いに答えよ。

 三島通庸は福島県令になると、ここでも上木・建築事業の推進をはかる。しかし県会に強い勢力をもつ自由党は、土木工事へ農民を徴用する三島の政策に反対した。これに対して、三島は自由党員を弾圧した。 ⓒ 自由民権運動の弾圧によって「鬼県令」とよばれた三島は、警視総監に就任する。このとき三島は、[ ウ ]の公布をうけて警察を指揮し、民権派を東京の中心部から追放した。 その一方で、三島は自身の土木・建築の経験を生かし、井上馨とともに東京に洋風の官庁街を建設しようと試みた。井上らは、当時進められていた条約改正の交渉を有利に運ぶため、「文明化」したH本の姿を示そうとしていた。服装の西洋化が進められまた[ エ ]が建設されたのも、そのためであった。しかし井上のⓓ 条約改正交渉は、強い反対を受けて失敗し、三島が構想した洋風の官庁街も実現しなかった。
下線部ⓓに関連して、明治期の条約改正に関して述べた次の文Ⅰ〜Ⅲについて、古いものから年代順に正しく配列したものを、下の①〜⑥のうちから一つ選べ。
I 寺島宗則は、関税自主権の回復をめざして交渉したが、イギリスなどの反対で失敗した。
Ⅱ 青木周蔵は、治外法権の撤廃と関税自主権の一部回復をめざして交渉したが、大津事件で辞職した。
Ⅲ 大隈重信は、外国人判事を大審院に任用することを認める改正案を進めたが、爆弾テロで負傷し辞職した。
  • (1)

    • ⅠーⅡーⅢ

    • ⅠーⅢーⅡ

    • ⅡーⅠーⅢ

    • ⅡーⅢーⅠ

    • ⅢーⅠーⅡ

    • ⅢーⅡーⅠ