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章なし
問題
近世の政治・社会・文化に関する次の文章を読み、下の問いに答えよ。(史料は、一部省略したり、書き改めたりしたところもある。)
只野真葛(ただのまくず)(1763〜1825)こと工藤あや子は、江戸詰の仙台藩医工藤平助の長女として、江戸に生まれた。工藤平助は海外情勢に詳しく、ロシアに関する研究書や、林子平の著書『[ ア ]』の序文を書いたことで知られている。 真葛は、仙台藩士と結婚して仙台に移ったのち、彼女の父母やその一族のことを随筆ⓓ『むかしぱなし』に書き記した。その後、社会の現状を批判した融引を書きあげると、出版を決意し、長編小説『[ イ ]』執筆中の江戸の作家曲亭馬琴(滝沢馬写)に原稿を送った。しかし、馬琴は真葛の論を批判し、出版はかなわなかった。それでも真葛は、男性の活躍が目立つ江戸時代に、社会に対する批判を自分の言葉で表現し、それを社会に向けて主張しようとした女性として、注目される。 真葛が生きた時代は、ⓔ対外危機が認識され始めた時期であるとともに、国内の政治や社会に対する批判があらわれた時代でもあった。
下線部ⓓに関連して、次の史料に関して述べた下の文a〜dについて、正しいものの組合せを、下の選択肢のうちから一つ選べ。
【史料】 用人(注1)いう、「我が主人(注2)は、富にも禄にも官位にも不足なし。この上の願いには、田沼老中の時、仕置きたる事とて、ながき代(注3)に人のためになる事をしおきたく願うなり。何わざをしたらよからんか」と問い合わせしに、父様(注4)御こたえに、「それはいかにもよき御心付(こころづけ)なり。さあらば、国を広くする工夫よろしかるべし」。 問(注5)「それは、いかがしたる事ぞ」。 答(注6)「それ、蝦夷国は松前より地つづきにて、日本へ世々随い(したがい)居る国なり。これをひらきて、みつぎ物をとる工面をなされかし。日本を広くせしは田沼様のわざとて、永々人の仰ぐべき事よ」。 (只野真葛『むかしぱなし』) (注1)用人:ここでは田沼意次の家来。 (注2)我が主人:田沼意次。 (注3)ながき代:後世。 (注4)父様:工藤平助。 (注5)問:用人の問い。 (注6)答:工藤平助の答え。 a 田沼の用人は、主人(田沼)は金もうけや地位の上昇にしか関心がないと述べている。 b 田沼の用人は、主人(田沼)は後世に残る仕事をしたいと願っていると述べている。 c 田沼は、工藤の意見をふまえ、蝦夷地開発の可能性を調査するため、最上徳内らを同地に派遣した。 d 田沼は、工藤の意見をふまえ、蝦夷地・松前に近づく外国船を打ち払うよう命じた。
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解説
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